このごろ夏日がボストンで続いている。 私は夏の夜が大好きだ。外にいつまでいても寒くないし、朝寝坊の私には日没が遅くなる事でなんとなく1日を長く感じられるのも嬉しい。冬など日没が早いと起きてから5ー6時間で日が沈み始めると気がめいってしまう。
このごろの夏夜のお気に入りの時間の過ごし方は赤ワインを飲みながら表のポーチで本を読むことだ。英語の本を読む事は嫌いだが、私は日本の活字がすきだ。本のジャンルはほぼなんでもかまわない。時代小説、純文学、エッセイ、ミステリー.友人から借りられる本をなんでも読む。我が家の表ポーチはマナドナックストリートに面しているので、本を読みながらストリートアクテイビテイの見学が出来るのも好きだし、時にはきまくれビジターもきてくれる。先日友人カリート君の弟ニックがふらふらと夜遅く歩いていたので、声をかけたらよっていってくれた。ポーチに一緒に座って他愛話をしたあと、一緒に30分くらい本を読んだ.私の読んでいる本は日本語だったので私の所有する数少ないし英語の本のなかで「偉大なるギャツビー」を貸した。ニックは今年でおそらく21歳、22歳になる青年で高校に通っている。お酒もタバコもやらない。好きな科目は数学で嫌いなのは英語といったので本を一緒に読む事に賛成したときにはちょっとびっくりした。彼をしては別にやる事も無いし、暇つぶしに賛成したのだろうが、ポーチの隣におとなしく座って偉大なるギャツビーに目を通している彼を盗み観ていると、こうやったのんびりした時間が一緒にすごせてうれしかった。彼はモナドナックを通る人を時々鋭い目で観ていた。こんなところで私と読書しているところを友人に観られたら恥ずかしいのかなとおもった。30分くらいすると彼を立ち上がっておなかがすいたから家にかえるといってかえっていった。時間はもう夜11時を回っていたが今日1食目だといっていた。彼の家の方針は方針の無い生活だ。
彼がかえっていった後1時間くらいして、私も部屋にかえって寝支度をしようと思った。ふと思う事が有り、ポーチの床においてあったワイングラスを持ち上げて、グラスを傾け少し残っていた赤ワインを地面にこぼした。この辺の男の子達がビールを飲んでいるときによくやる動作だ。前にその意味を聞いた時、それは昔の仲間、もういなくなっちまった奴らの分だ、(死んだ友人)と教えてくれた。私は幸い友人を今のところ、亡くした事は無いし、初めて聞いたときにはとてもセンチメンタルなことをするものだと思ったが、ほろ酔いなのか私の脳には何となくその動作が今はしっくりきた。ただし私の場合は死んでいった人たちに対してではなくて今の地面(地球)で過去、これからもつながっている人たち、と思った。よくボストンにきたはじめの頃は海をみると、(ボストンの海は大西洋だが)、これをずっとずーっといくと日本があるっmだっ!とセンチな感傷にひたっていた。それと同じ気分の自己満足のセンチ感傷だが、時にはそういうことも必要!とおもっている。
street graffiti